日蓮大聖人御書全集[新版] - 法華初心成仏抄の感想 (685ページ)
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御金言集より「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」法と題目が南無の有無で別けて有り、自身に仏を見出し仏の名を讃嘆し自身が仏と認識し歓喜して行く。師弟不二も先生を師匠に置き尊敬、範とする。でも行動の範で仏性は自身で開き他者依存は法華経の真意で無く釈尊は如我等無異、大聖人も同意なら、先生も出来る人!と同意を求められてた。同意し自覚し覚知が仏界仏性の顕現で誰かの特権で顕現では無い故に自身の事として捉え従来の他力本願宗教観思考から脱却。釈尊も大聖人も歴代会長先生も妙法が先師たらしめたと言う思考が故に僧侶依存や盲信強要の抵抗が脱却に成り破門と言う魂の独立に繋がりしがらみの脱却が可能になったと思う。
非常に大切な法門が説かれていますね!毒鼓の縁。結局は法華経に縁したものはすべて成仏に至るというところで、なるほどそうなのか!と思うのと同時に、だからこそ丁寧な対話が必要だと思いました。成仏するから何でもよいとなればそれは仏の振る舞いではなくなりますし、それは法華経に縁させたことにはなりません。非常に微妙な解釈ですが、丁寧におさえていきたいです。
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