日蓮大聖人御書全集 - 唱法華題目抄の感想 (1ページ)
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要文集より「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い我慢の心充満せん」原文は、勸持品第十三の「惡世中比丘。 邪智心諂曲。未得謂爲得。我慢心充滿。」の読み下しで本来なら法華経を信受しなければなら無い所を悟ったなら我こそと言う邪智邪見の僧等への批判で仏教と名乗るのに邪智邪見に陥ると言う戒めで題目は諸経典でも書籍でもお題は概ねの物語の要約で有る事が多く故の唱題行の重要性の強調だと思う。仏の悟りに上下は無く成仏は即身成仏で如我等無異で異体同心で皆が妙法の下での平等だと言うのに理解して無いから我尊しと成る。ここに根強い僧俗差別への執着への警鐘が有る様に思う。
法華経を詳し知らなくても信じて南無妙法蓮華経と唱えることが末法の成仏の行ととらえた。
悪知識や第六天がそれを妨げようとしてくる。「善無き者多く善有る者少なし」は2020年代に入り世界的にも独裁者が出てきて侵略戦争が拡大している。創価がSGI となり世界的に地湧の菩薩が出てきて第六天との平和闘争の状況。日蓮大聖人のこの抄の通りです。
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